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iemiru コラム vol.335

【インタビュー】エッセイスト・石黒智子さんの『家族でずっと造り続ける家』

家族それぞれが好きなことに没頭できる場所を持つけれど、個室ではない。 マイホームではお互いの気配を感じながら過ごすという石黒さん。 “暮らし上手”といわれる彼女に、快適な場づくりのヒントをうかがいました。

ダイニングテーブルの脚には、用途によって自由に移動できるようキャスターを設置。春になると庭先の桜をバックにお花見パーティーも。

理想のカタチは“納屋” 玄関も靴箱もない家

今回お邪魔したのは、100㎡のワンフロアに広がる2LDKのお宅。息子さんが2歳のときに建築家の旦那さまが設計したという住まいは、オリジナリティあふれるアイデアが随所にちりばめられている。

機械や工具類が並ぶ作業台。石黒さん自身が使うこともあれば、お友達が機材を借りに来ることもあるそう。

隠れた収納、コーナーデスクの天板も手作り。板は一枚ずつ外せて便利。

秋色アナベルを飾った透明なメジャーカップには、コーヒーカスを入れて消臭対策。

オーダーメイドのステンレス製テーブルに、大理石の天板を組み合わせたこだわりのワークデスク。A4ファイルがぴったり入る木箱を引き出しに。

新築当初、電話台が不要だったので壁付けにした黒電話。

洋書の上部を三角に折って、封筒受けに。

――お部屋全体を見渡せて、とても気持ちのいい空間ですね。 「理想のスタイルは納屋なんです。我が家には玄関がありません。和室もないから、床の間も炬燵もない。暮らしは変わるから、あえて先々のことを考えることはしませんでした。35年前に建ててから、ずっと家族でそれぞれが居心地のいいと思える家を造り続けています」 ――リビングの奥に置かれた作業台は存在感がありますね。 「あると便利だな、欲しいなと思った物は、まず自分で作ってみます。箱って、板から作ろうとすると大変なんですよ。例えば、家にある箱をいくつか組み合わせれば、別の使い方ができます」 ――大きな窓ガラスにはカーテンがありませんが、夏の暑さや冬の寒さ対策はどうされていますか? 「外側のサッシは季節によって入れ替えています。夏は網戸にして、冬は断熱性を高めるため二重窓に。リビングの中央にも戸を入れられるようになっていて、冬は入口側をサンルームとして使っているんですよ」 ――エアコンも見当たりませんが。 「うちはみんなエアコンが苦手なので、置いていません。高台にあるので、窓からよく風が通るんですよ。暑い日はハンモックを吊るして涼みます」 ――白一色でまとめられたキッチンは洗練されていて清潔感も抜群ですね。 「台所は誰もが気持ちよく使えるように、鍋やボウルをピカピカに。デザイン性に優れ、シンプルな機能の調理家電を選びます」 ――道具のセレクトもポイントなんですね。 「道具が壊れても、すぐには買い替えません。もしかしたらなくても困らないかもしれない。見直すことで道具を少なくすることができれば、手入れも収納も楽になります」 ――こだわりの空間を保つために、家族間での決まりごとのようなものはありますか? 「紙袋やダンボール箱、雑誌・新聞類を床に置きっぱなしにしない。それだけです」

映画鑑賞で育む空間センス

――多くのメディアで暮らしのアイデアをご提案されていますが、もともと創意工夫が得意だったのですか? 「私は3歳から生け花を始め、17歳で師範になりました。職業や就職を考えなくてもよかったから、学校は遊びの場。好きな授業だけ受けて、つまらないと思ったら教室を出る。先生の質問はつまらないから答えない。勉強は図書室でしていました。 図書室にはいつも10人ほど生徒がいたので学年を超えて話ができたし、見回りに来る先生は話題に入ってこなかった。『これおもしろいよ』と司書が置いてくれた本を下校時に歩きながら読むことも。小学校に上がると、毎日のように映画館に入り浸っていましたね」 ――伸び伸びと、かつ、興味分野にはとことん深く向き合ってこられたのですね。現職にはどのような経緯で? 「結婚してすぐに建築雑誌のコンクールに入賞したことがきっかけで、取材を受けるようになりました。新聞でコラムを書いたり、エッセイ集を出したり、イラストを描いたり。さらに通販アイテムのセレクトや商品開発にも携わることになり、今年は日本パッケージデザイン大賞の特別審査員をさせていただきました」 ――インテリアや収納のセンスはどのように磨かれているのですか? 「収納が悩みなら、映画『パディントン』を何度も繰り返し観るときっと解決しますよ。サリー・ホーキンス演じるメアリー・ブラウンは、ユーモアあふれる発想とフットワークの軽さを兼ね備えた理想の女性として描かれています。もちろん自宅のインテリアはどこもすてき。 特にキッチンは、20回観ても見飽きることがありません。 家も違うし、家族構成や職業さえも違うのになぜ、映画『パディントン』を観ると収納の悩みが解決するのでしょう。それは、まさに、“すべてが自分の暮らしと違うから”です。台所の収納が上手くできないからと散らかったままの自分の台所を眺めても、どうしてよいかわからない。でも、きれいに整った結果をイメージできれば、それを目指せます。 収納は片付けることやしまうことの前に何を選ぶか、何を持つかを意識すること。まずは映画を観て楽しくセンスを磨くことをおすすめします。マイケル・ダグラスの映画はどれもインテリアの勉強になりますよ」

愛用の道具は「見せる収納」と「隠す収納」で最適な位置にセット。

木箱の上段には普段使う家族用、下段にはゲスト用のカトラリーを収納。

日本パッケージデザイン大賞2017の大賞に輝いた、石黒さんプロデュースの『亀の子スポンジ』。

先入観はNG!自由な発想でかなえる快適空間

家族みんなが電車好き。2つの寝室をつなぐレールを通って、家中をHOゲージとOゲージの電車が走る。壁付けのレールも現役。

開発のアイデアにつながりそうなパーツは、目につく場所にディスプレイ。

タオル掛けはなんと、電車の握り棒!

時には卓球台に変身するダイニングテーブル。

――生活全般の要素が、お仕事のイメージにつながっているんですね。 「まず、『〇〇でなければならない』という思い込みを捨てることです。説明書通りの使い方をしなくてもいい。家だってそう。私は玄関があって、靴箱があってという、決まりきった間取りが嫌だったんです。子どもの成長に合わせてみんなが過ごしやすいように工夫しながら整えてきました。 楽しく生きてこられたのは、いい人との出会いがあったから。旧友からの誘いでも、気が重くなるのなら断わります。ストレスのない暮らしが収納術につながっているかもしれません。ストレスが溜まると体が動かなくなるし、冷蔵庫の中でさえ整わない。捨てるか否かの判断が鈍って物が増えます。食卓に花を飾ることさえ楽しめなくなるんですよね」 ――室内のグリーンもすてきです。 「庭の植栽をお手本にしている知人から、挿し木や挿し芽を分けていただいています。メジャーカップに挿した秋色アナベルもいただきました。気兼ねのないやり取りのできるご近所さんは貴重な存在。ご近所付き合いのコツは『おとなりさん』(ゴフスタイン著・谷川俊太郎訳)で学びました」 ――お子さんもよく遊びに来られるそうですね。 「小学生の子どもたちに教えるのが、コイン遊び。日本の硬貨はどれも磁石につかないけれど、外国のコインにはくっつくものもあります。海外旅行で残した小銭と磁石を子どもたちに渡すと、コインが吸い付いて目を丸くするんですよ。 そこでなぜ、同じように見えるコインでも磁石に付くものと付かないものがあるかを一緒に考えます。帰りに磁石といくつかのコインを持たせますが、減らないのは友人や雑誌の編集者の方々が協力してくれるから。イギリスのハロッズ製ロンドンバスを貯金箱として使っています」

毎年のように著書を出されている石黒さん。シンプルライフの基本は保ちつつ、年代に応じた物選びや過ごし方が紹介されており、その変遷を見比べるのもおもしろいですよ。家事をより楽しく簡単に解決してくれる方法の数々は、すてきな家時間を望みながらなかなか実行に移せない人の背中をそっと押してくれるはず。

写真/杉能信介

          ※この記事はフリーマガジン『iemiruPLUS』の連動企画です。

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